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自分は探さず

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「自分探し」ってなんやねん!と思っていた。今も思っている。

一頃、よく「自分探しの旅」とかいうフレーズを耳にした。
ちょっと抵抗があった。
「自分のやりたいこと・夢・目標を見つける」とか、
「自分について深く掘り下げて考える」とか、
そういう意味での言い回しなのだろうとは思っていても、
自分を探すって・・・と妙に引っ掛かってしまうのだ。

「我思う、故に我在り」って哲学者も言ってるじゃないか、
だから自分を探すなんておかしいじゃないか、
探さずともここにちゃんと自分は存在しているじゃないか、
と、言いたくなってしまう。

だから私は絶対に「自分探し」なんて言うまい、と決めている。
まあ、この歳のおばちゃんが「自分探しの旅に出る」なんっつっても
「はぁ?」「今から?」ってなもんだけれど。


旅に出たりはしないが、というか旅に出なくても
自分という人について考えることは可能だ。
就活の自己分析というのも、いわば「自分探し」の一つだろう。
私の頃はそこまで必要という認識はなく、もっぱらSPI対策をしていた。


そういえば、そういう人生の重要な局面に置かれなければ
なかなか自分について考えたりしないものだな、と思った。
日々の暮らしの中で、いちいち「私ってどういう人間なんだっけ」
なぁーんて思考したりしない。

「あー肩が痛い」「腰が痛い」「寒い」「忙しい」「今日は何食べよう」とか
そういう言葉にして発するまでもないような数々の思考の流れで
あっという間に過ぎていく。


で、
気づいたらこの歳だ。


人生は選択の連続だ、と言われるように、
重大なことから些末なことまで様々な選択の結果が今の私なわけで、
今日着た服も、さっき食べた夕食も、今観ているテレビ番組も、
このあとの私をつくるのだろう。

毎日毎日を清く正しく生きていけはしないし、
体調や心の具合でブレることも多々あるし、
自分の向かいたいところがハッキリ分かっているわけでもないし、
なんだか私の一生ってどんなんなん?と思うと
「ええんかいな?」と急にジタバタしようとして。


趣味も特技も夢も目標もなく生きてきたのは、
他の誰でもない私がそういう選択をしてきたからで、
でもそのことをすごく後悔してもいないし反省もしていない。
ってことは、なんだかんだ私、しあわせなんだな、きっと。
しあわせの定義はそれぞれだし。


しあわせな現状に感謝をしつつ、
残りの人生を心豊かに過ごすために
自分を知りたいと思っている。(意地でも「自分探し」とは言わない)

他人のことは「あの人は、こういう人だよな」と思うくせに、
自分のことは「こういうタイプだけど、こういうところもある」とか曖昧。
だから占い師に「決断力がありますが、いざというとき優柔不断です」(←笑)
みたいに言われると、「そうなんですぅー」ってなことになるんだろうな。


我思う、故に我在り、故に我を探さず(笑)
我を知り、我を満たすべし。うむ。まずは自分を知ろう。

ぶちょーはすごい。見習いたい。
毎日気持ちよく生きることだけを考えている。
いや、何も考えないからこそ気持ちよく生きられるのかも。
探すのは自分ではなく、飼い主である私。

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「そろそろごはんじゃない?」と私の姿を探して追いかけてくる。
こんなシンプルな生き方が潔くていい。




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